私たちは今、かつてないほど「効率的」な時代に生きています。
ボタン一つで食事が届き、指先一つで世界中の情報にアクセスでき、AIが複雑なタスクを瞬時に代行してくれます。
当ラボでも、これまで「if-thenプランニング」や「ルーティン化」といった、脳のエネルギーを節約し、無駄を削ぎ落とすための方法を重ねてお伝えしてきました。
しかし、効率化を突き詰めた先で、一つの問いに突き当たります。
「すべての無駄を削ぎ落とした人生は、本当に豊かなのだろうか?」
今回は、あえて「手間」を残し、「不便」を享受することで見えてくる、心の充足についてお伝えします。
効率化の「副作用」:プロセスの喪失
効率化の本質は「ショートカット」です。
Aという地点からBという目的地へ、いかに速く、低コストで到達するか。
その過程で、かつては当たり前だった「プロセス(過程)」が次々と省略されていきました。
目的地に早く着くことは素晴らしいことです。
しかし、人生の満足度は往々にして「目的地」そのものではなく、そこに至るまでの「プロセス」の中に宿っています。
例えば、インスタントコーヒーを淹れるのは効率的です。
しかし、豆を選び、ミルで挽き、お湯の温度を測りながらゆっくりとドリップする……。
この「手間」を省くことは、コーヒーを飲むという体験から、香りの変化を楽しむ時間や、静寂の中で自分の感覚を研ぎ澄ます「儀式」を奪うことでもあります。
便利さは私たちに「時間」をくれますが、その時間をどう使うかが抜け落ちてしまうと、人生は単なる「タスクの消化」に成り下がってしまうのです。
あえて不便を選ぶ「3つの贅沢」
ラボが提唱する「積極的な不便」には、心を豊かにする3つの価値があります。
① 「手触り」を取り戻す(身体性の回復)
デジタルな作業は、視覚と聴覚に依存しがちです。一方で、「手間」のかかる作業は、触覚や嗅覚、さらには全身のバランスを必要とします。
- ほうきで床を掃く感触
- 土に触れて植物を植える温度
- 手書きで手紙を書くペンの重み
これらの身体的な刺激は、以前お伝えした「五感の再起動」に直結し、私たちが「今、ここに生きている」という確かな実感を呼び起こしてくれます。
② 「愛着」を育む(時間という投資)
以前「投資価値」について触れましたが、モノに対する最大の投資は「手間をかけること」かもしれません。
手入れの必要な革靴
手洗いを要する繊細な器
定期的なメンテナンスを求める万年筆
自分の手でケアを繰り返したモノには、新品にはない「物語」が宿ります。
手間をかけるほど、そのモノは単なる消費財から、あなたの人生を共に歩む「相棒」へと進化していくのです。
③ 「余白」を強制的に作る(精神の解放)
不便な作業は、物理的に時間がかかります。
しかし、その「かかってしまう時間」こそが、現代人に最も不足している「余白」となります。
お湯が沸くのを待つ時間、インクが乾くのを待つ時間。
これらは効率化の観点では「ロス」ですが、精神的な観点では「脳をデフォルト・モード・ネットワーク(整理モード)に切り替えるための休息」となります。
効率と不便の「ハイブリッド戦略」
大切なのは、すべてを不便に戻すことではありません。
「土台を効率化し、浮いたリソースを、自分が愛する手間につぎ込む」というバランスです。
効率化すべきこと
家計簿の自動化
ルーティン家事の仕組み化
情報のフィルタリング
これらは「意志力(ウィルパワー)」を温存するために徹底的に自動化します。
あえて手間をかけること
趣味の時間
大切な人への贈り物選び
自分が心地よいと感じる家事
これらは「人生を味わうため」に、あえて時間をかけて丁寧に行います。
手間を習慣にするための「if-then」
「手間をかけるのが良い」と分かっていても、忙しい毎日の中ではつい楽な方を選んでしまいます。
ここでも仕組みの力を借りましょう。
- if: 日曜日の朝、一番に目が覚めたら
- then: スマホを触る前に、豆を挽いてコーヒーを淹れる「手間」を15分だけ楽しむ。
- if: 一日の終わりに、大切な気づきがあったら
- then: デジタルメモではなく、あえてお気に入りのノートに「手書き」で3行だけ残す。
「便利」という坂道を転がり落ちるのを少しだけ止めて、あえて「手間」という階段を一段ずつ下る。
その選択が、あなたの日常に深い彩りを与えてくれます。
今回の課題:あなたの「愛すべき不便」は何ですか?
効率化の果てに、私たちは「速さ」を手に入れました。
しかし、今こそ「深さ」を取り戻す時です。
今日、あなたが普段「面倒だな」と感じている家事や作業の中から、一つだけ選んでみてください。
そして、それを「効率よく終わらせる対象」ではなく、「五感を使って味わう対象」として取り組んでみてください。
皿を洗う水の冷たさを感じ、油汚れが落ちていく音を聴き、陶器の滑らかな手触りを確かめる。
その瞬間、不便は「贅沢」に変わり、作業は「癒やし」へと姿を変えるはずです。
1%の不便を、あなたの人生に。
効率化という武器を手に、私たちはもっと自由に、もっと「手間」を愛せるはずなのです。
